アベノミクス官製春闘のレビュー<4>

From 山極毅

 

前回に引き続き、安倍内閣の時の官製春闘について振り返ってみたいと思います。

 

 

*****

 

<前回のおさらい>

 

● 官製春闘により、過去10年間のトレンドを若干上回る賃上げ成果があった。

 

● しかし、1990年頃までの賃金上昇トレンドには、まだまだ追いついていない。

 

● 首相が直々に要請しているのに、なぜ企業は期待に応えないのか?

 

官製春闘の昇給ペースが鈍ってきた2つの理由とは?

 

 

前回記事の最後のグラフ(以下に再掲)を見ると、’13 → ’14の賃上げ額に対して、

’14 → ’15では昇給ペースが鈍ってきた(傾きが少し寝てきた)ことが分かりました。

<図1.官製春闘後の昇給トレンド>

 

賃上げペースは、2つの原因によって鈍化しています。

 

今回はその原因をお話しします。

 

原因の1つ目は、企業の利益が増えても給料のアップに結び付かない、

リクツがあるということです。

 

まず、以下のグラフをご覧ください。

 

<図2.利益と人件費の関係(リーマンショック後)>

 

このグラフは、営業利益と人件費の全社平均値を、

2007年から2015年までの推移をまとめたものです。

 

比較のために、2007年を100としています。

 

 

リーマンショックの影響で、2008年、2009年の企業収益は大きく落ち込みました。

 

しかし、同じタイミングで給料はほとんど下がっていませんでした。

 

その後、徐々に経済は回復し、2013年に企業の営業利益総額は2007年レベルに回復しました。

 

<図3.利益と人件費の関係(官製春闘導入後)>

給料も少しずつ改善し、2014年度にはリーマンショック前の2007年度レベルを

超えたことが分かります。

 

つまり、利益が下がっても給料は急に減らない代わりに、

利益が上がっても給料は急に増えない、という特性があるということです。

 

日本の終身雇用制のメリットでもあり、今後はデメリットにもなりうる特徴です。

 

 

過去のデータを見てもそうなっているのか、もう少し見てみましょう。

 

前々回の、会社が儲かっても給料が上がらない本当の理由<2>の記事で、

以下のグラフを掲載しました。

 

<図4.一人当たりの付加価値が増えると給料も増える>

横軸が付加価値、縦軸が給料のグラフが右上がりの一直線になっているので、

従業員の年収は一人一人が生み出した付加価値に比例している、という事を意味しています。

 

 

これを時系列で整理し直してみると、以下のようになります。

 

青い線が実際の値で、赤い線が計算値です。

 

1960年から2015年までの55年分を、左から順番に表示しています。

 

<図5.付加価値額が分かると給料総額も予測できる>

 

1985年まで(グラフの左半分)は、実際の値と計算値は良く一致していますが、

その後は少しズレが目立ってきています。

 

この計算式は、

 

(従業員の給料)=(付加価値額)×(係数1)+(一定の値)

 

というシンプルなものです。

 

この式をベースに、「利益が上がっても給料はさほど増えない」という

先ほどの原則を考慮した計算式を作ってみましょう。

 

 

この原則を加味すると、以下のようになります。

 

<図6.営業利益を加味すると予測精度は向上する>

 

線と線のスキマが小さくなって、予測精度がアップしたことが分かりますね。

 

この計算式は、

 

(従業員の給料)=(付加価値額)×(係数1)+(営業利益)×(係数2)+(一定の値)

 

という形です。

 

営業利益の影響を加味した結果、予測精度があがりました。

 

 

ここで大事なのは、係数1はプラスの数値であるが、

係数2はマイナスの数値であるということです。

 

つまり、給料の総額は付加価値が増えれば増えるが、

営業利益が増えると減る方向に動く、という意外な結果なのです。

 

にわかには信じられませんが、2個目のグラフを見れば分かるように、

統計データに基づいた事実なので、否定できません。

 

結果的に、「利益が上がっても給料はさほど増えない」

という原則が確かめられたことになります。

 

 

この分析結果は、付加価値と営業利益が分かれば、

給料の総額はかなりの精度で予測できる、ということを言っています。

 

実際の企業の経営企画部、経理部、人事部の皆さんは、この関係式を使うことによって、

会社の給料の妥当性を検証することが出来ます。

 

過去の自社のデータから分析するだけでなく、同規模の同業他社のデータと比較すれば、

自社の強みや弱みを定量的に分析することも可能になるでしょう。

 

 

さらに精度を上げたい場合は、別の指標を追加して検討してみることも可能です。

 

例えば以下のグラフでは、ヒミツの指標を使うことで

予測の正確性がまた少しアップしました。

 

この計算式は、

 

(従業員の給料)=(付加価値額)×(係数1)+(営業利益)×(係数2)+

(ヒミツの指標)×(係数3)+(一定の値)

 

です。

 

ひとつ前の式でも十分に説明できているので、ここまで凝らなくても実務上は問題ありません。

 

<図7.ヒミツの指標を考慮すると、予測精度はほぼ完璧>

 

 

さて本題に戻りますが、安倍首相が、「業績が回復しているのだから賃上げしてください」

と企業にお願いしているにもかかわらず、企業側が賃上げを渋る理由の一つがここにあります。

 

つまり、かつて景気が悪かった時は、企業は自分達の努力でなんとか乗り切った。

 

(国は充分なサポートをしてくれなかった。当時の政権は違いますが。。。)

 

業績が急速に悪化しても給料は維持したのだから、

回復したからといっても急に給料は上げられませんよ、と言っているのです。

 

なので経営者は、「頑張った人が報われるようにしたい」というような発言を

繰り返すわけです。

 

これはどういう意味かと言うと、「給料の総額は上げられないが、

成果の配分の仕方を工夫して業績の高い人に報います」ということなのです。

 

 

さて、今回の話をまとめたグラフをお見せします。

 

<図8.給料を上げたいなら付加価値をあげるしかない>

 

多少の誤差はありますが、2007年度を起点にして、付加価値は3.9%アップし、

それにつれて給料も3.5%アップした、

という極めてリーズナブルな落ち着きどころにいる訳です。

 

付加価値のアップほどに給料がアップしていないのは、

先ほどの「利益が上がっても給料はさほど増えない」原則の影響です。

 

さて、今回は理由の1つ目をお話しました。

 

結果的におかしなことにはなっていませんでした。

 

理由が分かればなんてことは無い話です。

 

 

ところが、問題なのはもう1つの理由のほうです。

 

政府の考えは、「給料を上げれば消費が活発になり、インフレが進んで経済が好循環化する」、

というものですが、この3段論法には一つ欠けている点があります。

 

この欠けているものを実現するためにこそ、戦略人事が必要なのですが、

まだ誰もその必要性を述べていません。

 

 

ということで、次回はその「欠けているもの」を説明したいと思います。

 

次回は、このシリーズの最終回です。

 

山極毅

 

 

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