会社が儲かっても給料が上がらない本当の理由<最終回>

<前回のおさらい>

☑ 官製春闘には一定の効果があったが、何故か経営者たちは給料をあげるのに消極的である

 

☑ 理由の一つは、リーマンショックの時に仕込まれた。あの時、企業の利益が下がっても給料は減らなかった。その反動で、利益が上がっても給料は増えなくなってしまった

 

☑ 「給料を上げれば消費が活発になり、インフレが進んで経済が好循環化する」というロジックには、一つ抜けている視点がある。その視点とは何かが今回のテーマ。

バブル崩壊、金融不安、リーマンショックの時代と、今の共通点とは?

 

会社で人件費の総額を考えている人は、小さな会社なら社長さんであり、大きな会社なら人事部や経理部の人たちです。

 

我々の給料は、お客様から頂いた代金(売上)から、材料費や経費を除いたもの(このお金を付加価値と言いました)から支払われます。

 

付加価値がなければ給料は支払われないので、経営者や人事部はまずはこの付加価値の額をチェックします。

 

ところが、社長や人事部や経理部の人達は、もう一つ別の指標も見ています。

 

その指標は「売上高人件費比率」と呼ばれるものです。

 

式は、(人件費)/(売上高)で計算できます。

 

「売上高人件費比率」は、どのような基準でチェックすれば良いのでしょうか?実際のデータを見てみましょう。

 

下の図1は、1960年から2015年までの55年間について、日本全体の企業の売上、人件費、付加価値をまとめたグラフです。

 

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<図1.売上高に占める人件費(売上高人件費比率)の推移>

 

赤い線が売上高人件費比率(右目盛り)、青が社員一人あたりの付加価値で、黄色が社員一人当たりの給料です(青と黄色は左目盛)

 

このグラフを見るといくつか気が付くことがあります。

 

①一人当たり付加価値の額(青)は、1990年から増えてない

②給料総額も、1995年頃をピークにあまり増えていない

③ところが、売上高人件費比率だけは、右肩上がりで増えている

 

1人あたりの付加価値や給料があがらないのは、実は1995年頃から継続している傾向だったのです。

 

また、1990年頃からのトレンドを見ると、給料は変わらない状態なのに売上高人件費が右肩あがりで増加しています。

 

この状態に陥ると、売上に占める人件費の比率が高くなって、新興国との貿易競争では非常に不利になります。

 

給料は上がらずないのに、売上高人件費比率だけが増えるとは、いったい何が起きているのでしょうか?

 

このおかしな現象を時代別に見てみましょう。

 

まずは、1960年から1974年までです。黒い枠で囲ったところです。

 

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<図2.1974年までの売上高人件費比率解説>

 

この期間は、多少のデコヘコはあるものの、赤い点はゆるやかに右肩あがりで移動しました。

 

同じ時期、付加価値と給料が急激に上昇していることが分かります。結果的には、生活は豊かになった時代です。

 

ところが、1975年に初めて売上高人件費比率が10%を超えました。原因は第一次オイルショックによる燃料費、原材料費の高騰、それらにともなう企業業績の低迷です。

 

そして、1976年以降、売上高人件費比率は落ち着きを取戻し、ほぼ10~11%の範囲で推移しました。

 

以下グラフの真中の黒枠で囲った時代です。

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<図3.1975~1996年までの売上高人件費比率解説>

 

そして、バブル景気崩壊後の1994年に、ついに12%の大台に近づきました。日本がそれまでに経験したことのない人件費比率の高騰です。

 

ここからが大事なポイントです。人件費の高騰と人件費比率の高騰は別物です。

 

人件費が同じか少し下がっても、売上がそれ以上に下がると、比率は大きくなるというカラクリがあるのです。

 

そしてついに、12%を超える年が出現しました。1997年の金融不安です。

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<図4.1998年の金融不安後についに12%を超えた!>

 

この時も、売上の急減によって人件費比率が跳ね上がりました。

 

その後2002年頃からようやく景気が上向いたので、売上高人件費比率は再び11%台に落ちつきました。

 

再び10%に戻るかという矢先、2007年にリーマンショックが起きました。この時再び、売上高人件費比率は12%を超えます。

 

上がり方は強烈でした。たったの2年間で、10.7%から12.4%に1.7%も急上昇しました。

 

企業によっては、経費の緊急削減等を行って、何とか従業員の給料支払いを維持したわけです。

 

2015年の売上高人件費比率は、既に12%を超えている!

 

さて、ここで2015年の数値を見てみると、12.1%とすでに12%を超えています。

 

経済環境は比較的安定しているにも関わらず、過去5番目の高い数値です。

 

リーマンショック後の最悪期に、あと0.3%に迫るほどの数値です。

 

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<図5.1998年の金融不安後についに12%を超えた!>

 

そうです。会社が儲かっているのに給料を上げられない本当の理由は、この売上高人件費比率がかつてないほど高止まりしているせいなのです。

 

もし、今何か大きな経済環境の変化があったら、日本の多くの産業が再びサバイバルモード入りするのは確実です。

 

賃上げ交渉のニュースの中で、「先行き不透明感がありベースアップは簡単には出来ない」というコメントが良くでてきますが、こういう理由が背景にあるからなのです。

 

もう一つのデータを見ると、売上高人件費比率が上昇している理由が良く分かります。

 

企業の統計データに表れた、意外な事実とは?

 

以下の表は、2007年度を100としたときに、それぞれの指標が2015年でどうなっているかを計算したものです。

 

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<表1.利益が伸びているのは原価低減、経費削減の成果だった!>

 

上から2つ目の2015年度の営業利益は114.2ですから、2007年よりも14.2%儲かっていることになります。

 

しかし、一番上の売り上げは90.6ですので、約10%低下しています。

 

売上が下がっても利益が出ているのは、何故でしょうか?

 

理由は、上から3つ目の売上原価です。2007年を100とすると、2015年は86.6になっています。

 

なんと、8年で13.4パーゼントも下がっています。

 

つまり、

①会社が儲かっているのはコスト低減努力の成果であり、売上が上がったから儲かったのではない。


②その結果、社員が生み出した付加価値はアップしたが、売上高人件費比率の数値が高すぎ(危険すぎ)て給料があげられない

 

というのが今の日本の状況なのです。

 

今の日本に必要なのは、

1)モノやサービスを高く売ることができる人材を確保すること

2)そして、彼らを育成するための教育に投資すること

 

2007年の売上原価を100としたとき、2015年で86.6にまで下がっているというこはは、生活実感とも良く合います。

 

つまり、会社ではコスト削減と経費削減のオンパレード。

 

同時に、モノやサービスの値引きがビジネスの現場で継続的に行われているためです。

 

安売り、特売、値引き、サービスが日常生活で良く目につくのは、これまでのデフレ基調のメンタリティがビジネスの現場に影響しているためだと考えられます。

 

データで見たきたように、今日本の企業に必要とされている戦略は、コスト低減ではなく、売上高のアップ、つまり商品やサービス差別化による、高価格・高付加価値化戦略です。

 

これ以上コストをさげて収益を出しても、売上高人件費比率の指標が危険水域にあるために給料はあがりません。

 

今後の日本に必要とされる人材は、新しい付加価値を開発、提供できること、モノやサービスを高く売ることができるメンタリティとスキルを持った人財です。

 

2016年のクリスマス、とあるピザチェーンで起きた象徴的な出来事

 

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<図7.ピザチェーンの悲劇>

 

2016年の年末に、某ピザチェーンの店頭でパニック現象が起きたことをご存知でしょうか?

 

そのチェーン店は、店頭までピザを取りに来てくれたら、1枚に付き2枚目が無料になるキャンペーンをクリスマスイブも継続したのです。

 

その結果、ピザの生産能力を超えるお客さんが殺到し、前日までに予約したピザですら受け取れない人が続出したそうです。

 

地域によっては警察まで出動したというSNSの投稿もありました。

 

ピザチェーンでは、なぜこのような値引き販売が可能になるのでしょうか?

 

それは、飲食サービスの売上高人件費比率を見れば理解できます。

 

下の表をご覧ください。飲食サービス業の平均値は、2015年で約38%です。価格の1/3以上が人件費なんですね。

 

6枚切りのピザなら、2切れが人件費です!

 

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<表2.人件費比率の急上昇が確認できる>

 

表の下側の自動車業界と比較すると、人件費比率の高さが分かります。また、この8年間で急速に人件費が上がっているのが分かります。

 

先ほどのピザチェーンの場合も、配達人件費がかからない店頭受け取りの場合に限り、このような値引き販売が成り立つわけです。

 

ただし、成り立つのはコスト的に、とうことであって、ビジネス的には収益機会の損失と言えるでしょう。

 

なぜなら、値引き販売は需要喚起を狙うものです。クリスマス商戦では値引きの必要性は低いはずです。

 

それよりも、収益を最大化する値付けをすることが大事です。

 

必要なのは、”欲しい”と思える高付加価値、高価格のモノやサービスを世の中に提案していくこと

 

自分の会社の収益を上げようとするとき、多くの人は価格を上げるのではなく、値引きやコスト低減の努力を最初にします。

 

部外者が考えたら、完全な売り手市場になるクリスマスの時期は、1枚サービスキャンペーンを中止すれば良いのにと思いますが、なぜ出来ないのでしょうか?

 

それは、我々の意識レベルではまだまだデフレが続いていて、企業も従業員もコストを下げないと売れないという経験主義から脱出できてできないためです。

 

長い間デフレが続いたことで、お客さんは皆安いピザを望んでいるはずだ、という前提が覆せなくなってきているのです。

 

先ほどのピザの例で、クリスマスの需要期にやるべきことは、

 

①クリスマス期間中は、一枚無料キャンペーンをやめる

②その代わりに特別メニューをしたてて付加価値を高める

③付加価値の向上に見合った分だけ、値段を上げる

 

クリスマスの需要期には、少なくとも通期平均よりも優れた収益性を実現することができるはずなので、顧客を限定した高付加価値サービスが受け入れられる可能性は高いはずです。

 

値引きは取引先に要求できる他社の成果です。

 

しかし、値上げはブランド戦略やマーケティングを自社で行い、リスクを取って実行しなければなりません。

 

値引きするよりも、値上げする方がはるかに難しいのです。

 

皮肉なことに、我々が仕事上で値下げの要求をするたびに、そしてその要求にコストを下げることに集中するたびに、会社には利益が残るが、働く人には回ってこない、という状況が強まっていくのです。

 

今回調べたデータを並べて検討すると、「我々が安いサービスを求めるほど、我々の給料が上がらなくなる」という構図なのです。

 

近い将来確実に起こること

 

それは、付加価値の向上と値上げが出来ない会社は、今後の人手不足の世界で従業員を引き留められない、つまり安売りをしている会社から先に淘汰されていくという流れになります。

 

大手広告代理店の残業問題も、背景に顧客企業のコスト低減要求(契約金額は決まっているなかで、無茶な納期に対応することによって生じる残業代を代理店が負担する構図、つまり形を変えた値引き)です。

 

言われたことをしっかりやる人材を重視するだけでなく、前例に囚われないアイディアを発案し、リスクをとって実行できる人財を採用、発掘、登用することが、データからみた戦略人事の役割です。

 

ところで、このようなアイディア発想とリスクテイクを得意とする人材には、ある特徴があります。

 

最近、複数の大手企業から仕事の依頼がありました。

 

それらの会社では、従業員の育成方針、今後の採用方針、チーム編成の検討、付加価値の向上等に活用するために、個性を定量的に把握する新しい取り組みを始めたのです。

 

アイディアを発案しリスクテイクすることを得意とする特徴を持つ人たちが、何人か見つかりました。これから先が非常に楽しみです。

 

あなたの会社の人事部も、従業員一人一人の個性を把握して、これからの時代に必要な人物の採用や登用計画、彼らの育成方針を考えてくれていますでしょうか?

 

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「今までと違う発想が必要だ」

映画『マネーボール』より

 

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p.s.

あなたの会社は、人手不足の悪循環に飲み込まれていませんか?

 

給料を上げられないと従業員が採用できない→

採用できなければ付加価値が上がらない→

付加価値が上がらなければ給料があげられない

 

この悪循環から抜け出すための、戦略人事のヒントをまとめています。

 

 

 

 

内容紹介

収益のカギを握るのは人事だ! 「攻めの人事」に変えるだけで労働生産性は2倍に。

カギは「リソースマネジメント」と「タレントマネジメント」を組み合わせた、競争優位を生み出す戦略人事にある。

人材に困らない会社をつくる人事のあり方

日本の労働生産性は先進諸国の間で「最下位」といわれるほど低い。

労働生産性をあげるためには「もっとがんばる」だけではダメ。

優秀な労働力を効率的に活用する「人事部」の力が欠かせないのだ。

では、どうやって労働生産性を上げるのか? そのための人事のあり方は?

 

単行本(ソフトカバー): 224ページ

 

稼ぐ人財のつくり方

◆目次

まえがき
・人財は「管理」から「活用」の時代になった

・日産の大型倒産の危機を救ったのも「人財」 

・人事部はすべてのビジネスの源流をコントロールする

・日本社会の宝となる「人財」の育て方を伝えたい 

 

第1章 これからの日本に必要な戦略的人事(SWP)

・戦略人事の目的はたった1つ

・SWP(戦略的人員計画)の基本は、目的から業務を組み立て直すこと

・「適材適所」と「適所適材」のいいとこどりで生産性を上げる

・攻めにも守りにも使えるリソースマネジメント

・持続可能な成長を実現するタレントマネジメント

・日本のホワイトカラーの生産効率が悪すぎる

・グローバル延べ1800万人の従業員数を数え続けてわかったこと

・人事を数字でエンジニアリングするから「ジンジニアリング」 

 

第2章 9割の人事部はほんとうの仕事ができていない

・人事の仕事は多岐にわたる

・人事の中で「縦割り」が起きるとどうなるか

・人事には戦略を俯瞰して見る職務がない 

・「ヒト、モノ、カネ」で、一番使えていないのがヒト

・人事セミナーで聞いた他社事例が自社で使えない理由

・業務委託に出して良い仕事、悪い仕事

・人事の仕事を「見える化」したら? 

・9割の人事はいらなくなる

 

第3章 人事部の一番大事な仕事はC O E

・戦略人事マップは9ボックスで考えるとうまくいく

・人事はCOEの将来を考えよう

・戦略人事の7つの視点―時間、個人、仕事、コスト、目標、戦略、目的

・会社が生む付加価値を大きくするために人事ができることは何か?

・採用は「入口」だけでなく「出口」も考えて行う

・人事部が会社の中心にいなければいけない理由

・ビジネスのことは事業部が、会社のことは経営者が考えればよい?

・やる気のある会社をつくる人事戦略

・グローバル基準の人事術とは?

・人事部は一般管理部門からの脱却を目指せ

・利益の追求が人の幸せにつながる 

・人事部の一番大事な仕事はCOE

 

第4章 人事部が会社の労働生産性を倍にする

・日本の労働生産性は2倍になってもまだ世界で3位どまり

・人事基本業務をSWPの考え方で再構成(リエンジニアリング)する 

・風土と制度―働きアリ文化は人事部が変えられる

・報酬と人件費1 ―給料を上げるために人事と社員がやるべきこと

・報酬と人件費2 ―付加価値のない仕事をやめる勇気を持とう

・ゴーンさんが人事部に課したタスクはたった2つだった

・人事部は数値(KPI)で人の動きを把握する

・人事部員は、実はビジネスの情報を知りたがっている

・採用―会社と人事の知恵を総動員して、「働く場」としてアピールする!

・育成―ローパフォーマーは実はリーダー候補だった?

・評価―長い目で見た「評価」が結果的に生産性をアップする

・異動―ジェネラリストとスペシャリストの棲み分けと育成

 

第5章 外国人が教えてくれた生産性の高い働き方

・外国人に個人レベルで生産性が高い人が多い理由

・仕事を切らざるを得ないときの新しいMBA

・5つの帽子をかぶった上司が活用していた一石二鳥の方法とは?

・日本人は見切る能力が低い

・不明点は徹底的に最初につぶす

・失敗には寛容、でも、ウソには厳しい

・ルールとは、従うものではなく、つくるものである

・「パワーポイント5枚で数百億円の提案をまとめなさい」と言った外国人役員の狙いは?

・社員を説得しないで納得させる方法 会社が職務を与える時代から、多様なタレントを活用する時代へ

・人事はキャリアコースの多様化を図ろう

 

第6章 社員活用はドラえもんの大キャラクターに学べ

・組織の生産性はどのように決まるのか?

・生産性を低下させる可能性のある意外な日本語は?

・人間は自分と同じタイプが大好き、そのときチームはどうなるのか?

・労働生産性向上の探求の中で出会った FFS( Five Factors and Stress)理論

・無作為に選んだ6人の生産性はたった4・5人分だった

・人間の個性を決める5つのファクターとは?

・他者の個性を認めるのは、その人のストレスを理解すること

・ドラえもんのキャラクター達に適した仕事はなにか?

・組織の個性と仕事の相性を考えるのが、新しい戦略人事の手法

・ダイバーシティが競争力の源泉であることの真の意味とは?

 

第7章 稼ぐ人財をつくる7つのポイント

・ポイント①会社や組織の「総支配人(ジェネラルマネジャー)」を置く

・ポイント②戦略人事9ボックスのフロシキ四隅を対角線で押さえる

・ポイント③会社や組織が必要とする人物像を決める

・ポイント④バリュー(付加価値)と報酬の関係を見える化する

・ポイント⑤ビジネス現場の声を吸い上げて人事戦略に反映する

・ポイント⑥「時間」というリソースをマネジメントする

・ポイント7人事データアナリストを育成して人事戦略を設計する

 

あとがき

・SWPなくして企業や組織の生産性向上はない

 

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