学力格差が日本一の大学、知ってますか?



以前あるセミナーで、「日本で一番学力格差の大きい大学はどこだと思いますか?」という質問をしました。

 

参加者の皆さんかなり考えていましたが、どなたも答えにたどり着かない様子でした。しばらくすると、一名の方が手を上げました。

 

私「Kさん、どうぞ」
Kさん「おそらく、東京大学です」

 

そのとおり、正解です。ちなみに正解したKさんは、都内で学習塾を経営されている社長さんです。

 

塾の業界では常識の部類に入る事実なのですが、専門家でない人達にとっては、意外な事実だったようです。

 

理由は簡単です。

 

東京大学には、たくさん勉強してギリギリ難関を突破した学生さんもいれば、ほぼ勉強せずに入学する人まで、かなりの幅があるからです。

 

私の高校時代の同級生に、これを裏付けるような人物がいました。

 

授業中いつもニコニコして先生の話を聞き、ノートも取らずになにやら時折クスクス笑いながら時間を過ごしているクラスメートがいました。

 

彼は、現役で東京大学の理科3類に合格し、その後医師になったとか。こういう人を天才というのだなと、私は思いました。

 

テストの点数も同じです。98点と99点の差は1点ですが、99点と100点の差は、1点どころが10点、20点、ひょっとすると100点以上の実力差があるのかも知れません。

 

自分の能力以下の試験であれば、何度試験を受けても100点がとれます。でも、本当に優秀な人を評価するには、その人の能力を上回る試験(会社で言えば評価の基準)が必要となる訳です。

 

人間の能力はロングテールに分布している

 

我々は学校で、人間の学力は正規分布するものだと教えられてきました。

 

ところが、この事例のように、人間の能力は正規分布はしていません。パレートの法則のようにファットテール(べき分布)であることが分かってきています。

 

たとえば、日本の世帯年収のカーブなどがこれに該当します。年収2000万円以上の世帯は、数は多くはないですが一定数存在し、それ以上の年収の世帯も存在しています。

 

通常の正規分布ではほぼ存在しないような確率の範囲まで、実際にはデータが存在していることは、人間界、自然界ではよくあります。

 

以下は、金融業界での事例です。あるヘッジファンドが、株や債券の値動きを正規分布するものとして予測する方程式によって、金融商品を売っていました。

 

その式の名前はブラックーショールズ方程式と呼ばれ、開発者はノーベル賞も受賞していました。

 

ところが、1998年に起きたアジア通貨危機により、ロシアの財政危機でロシア国債の市場が閉鎖されたために、そのヘッジファンドは破綻しました。

 

原因は、正規分布では計算上1兆の10億分の1しか起きないはずの価格変動が、あっさり起きてしまったことにより、運用で大損害を引き起こしてしまったからでした。

 

株式市況の変動も含み、下記のような事象はべき分布に従っていると考えられるようになりました。

 

自然現象
・ガラスを床に落とした際の破片の大きさの分布
・地震の大きさと発生頻度
・山火事の被害面積ごとの発生頻度など

 

経済現象
・株価、為替などの市場価格の変動
・所得の分布、純資産の分布など

 

社会現象
・本の売上分布
・論文の数と引用された回数の関係
・戦争の発生頻度と死者数

 

このリストの中に、人間の能力と関連しそうなものがいくつかありますね。所得や資産の分布、本の売上げ、論文の引用回数などです。

 

これを裏付ける事例を上げましょう。

 

優秀人材をつなぎ留められない人事制度の特徴

 

前職でお付き合いのあったという人事コンサルタントに、Eというグローバル企業がありました。

 

その会社では、優秀人材はどのように育つのか?という研究をしていました。そのために、まず今どのくらいの比率で優秀な人材がいるのか、国毎に比率を調査したそうです。

 

その結果、いわゆる「優秀な人材の比率」は、日本も欧米諸国と遜色ないレベルであったとのことでした。

 

ただし、圧倒的に差が付いた数値がありました。それは、「超優秀な人材の比率」です。しかも、40歳代の「超優秀人材」は、日本では皆無だったという結果でした。

 

「超優秀人材」の出現は、べき分布では十分にありうる話ですが、正規分布では「優秀な人材」の中に紛れてしまい、せっかく持っている能力を引き出す機会を、日本の企業は与えることができていない可能性があります。

 

私はもともと機械設計を生業としていたエンジニアですので、このあたりのリクツを色々調べました。

 

その結果、将来のリーダーとなり会社を引っ張っていける人材を輩出させるためには、評価の方法も見直す必要がありそうだ、という結論になったわけです。

 

我々が慣れ親しんできた正規分布を前提とした人事評価では、5段階評価のそれぞれの記号に、以下のような目安で人数を割り当てています。

 

S10%(高評価)
A20%
B40%(中位)
C20%
D10%(低評価)

 

この評価分布を使うとどんな問題があるのでしょうか?

①「超優秀人材」に低い評価を与えることになる

②5段階評価なので、中心化傾向が出やすい(みんなBをつけたがる)

③全体の30%が平均以下という評価になる

 

これら不都合の根本的な要因は、もともと正規分布していないデータを、無理くり正規分布に当てはめているためです。

 

①は会社の長期的な発展に影響します。②は評価に莫大な時間をかけても、差がほとんどでないという徒労感につながります。そして③は、現場で働く人たちのモチベーションに影響を与えるでしょう。

 

では、どのように解決していけば良いのでしょうか?私が人事制度コンサルティングでオススメしている配分は、以下の通りです。

 

S2%(超優秀)
A8%(優秀)
B30%(平均レベル)
C60%(中央レベル)

 

正規分布では平均と中央値は一致しますが、べき分布では、平均値よりも中央値は低くなります。

 

これは、人間の一般的な感覚とも一致します。

 

評価段階は4段階がオススメ!多くても6段階まで

 

アメリカの高校生を対象にして調査したところ、70%が自分は平均以上のリーダーシップ能力を持っていると答え、平均以下だと答えたものは2%しかいなかったといいます。

 

また、自分の社会性を評価させたところ、上位10%以内と答えたものが全体の60%、1%以内と答えたものが25%いたということです。

 

いかにもアメリカの若者らしい回答でほほえましいのですが、日本で社会人を相手にアンケートをとっても傾向はほとんど一緒です。

 

自分を過大評価していることは、自己効力感の観点では決して悪いことではありませんが、客観的事実として本当にこのように考えているのならば、問題があります。

 

この自己評価ギャップの要因の一つに、平均値と中央値のズレがあります。

 

正規分布に慣れ親しんできた我々は、無意識のうちに平均値=中央値と考えますが、実際には中央値と平均値は異なっています。

 

さて、企業の経営者や人事部としては、このデリケートかつ複雑な問題に、どのように対処すればよいのでしょうか?簡単にできることを3つピックアップしましょう。

 

①評価は偶数段階にすること。できれば4段階がベスト。中心化傾向を避けられるので、評価のメリハリをつけることができる。

 

②アウトプット能力を測定するためには、評価基準は多面的に行う。絶対的な物差し(例えば、大学入試のセンター試験の入試科目のようなもの)だけでは、多様な能力を持つ人間を評価するには不十分。

 

③評価の正しさよりも、社員の納得度を優先させること。頻繁なフィードバックと、統計的な処理方法に合理性があれば、社員からの理解は得られます。

 

会社を持続的に成長させるには、自然の摂理に即した人事評価を導入することが効果的です。

 

そうでなければ、ビジネスの現場でいろいろな不都合が起きる可能性があります。

 

たとえば、将来会社を背負っていくはずの社員が退職する。評価に不満を持つ屋台骨を支える社員たちのモチベーションが下がる。評価に時間がかかる割には、報酬に差がつかない。こういう不都合です。

 

人間は、色々な可能性を持ってこの世に生まれてきています。しかし、学校教育課程を過ごしていくうちに、「みんなと同じである」ことや、「きちんとしなければいけない」ことに注意を払うことになります。

 

その結果、自分らしさを封印し、組織の期待値に自分を適合させていくという行動が身に付き、いつしか自分を見失い、自信も徐々に失っていくことになりがちです。

 

一億総活躍社会とは、一億総個性尊重が、もっとも近道ではないかと私は思うのです。

 

多様性尊重が、組織の総合力を強化する原動力になることは、多くの好業績企業が証明しています。

 

そして、多様性を尊重する人事制度を導入することは、実はそれほど困難なことではないのです。

 

Copyright ©  2019 Management HR Partners Co., Ltd. All Rights Reserved

 

p.s. 多様性を尊重する人事制度の秘密を公開中

 

↓↓↓ 画像をクリックすると紹介ページに移動します ↓↓↓